そもそもSNSに愚痴を書いて、満足するのか

2013年11月9日

「ブログやSNSに、愚痴や人の悪口を書いてはならない」

よく言われる話です。

 

 


 

愚痴、人の悪口などは、何時の世も、そしてほぼどんな人でも持っているものですよね。最近では、ネットの発達で、ブログやSNSといったメディアに書くことで、その欲求不満を解消しようとする人がいます。そういった実態に警鐘を鳴らすのが、冒頭の言葉でしょう。

 

ブログやSNSに人の悪口や愚痴を書くのはよくない。人を傷つけるものであり、また、不特定多数の人々に書いただけのつもりが、何かをきっかけに書いた本人が特定され、非難されることになる。それは、天に向かって唾を吐くようなものである。

 

大雑把に言ってしまえば、書くべきではない理由として語られているのはこんなところでしょう。

が、私が思うに、ブログやSNS(以下、ネットと表記します)に愚痴、人の悪口(以下、愚痴等と表記します)を書くことそのものが満足を得られることなのでしょうか。

 

ネットに愚痴等を書くためには、その内容をわかってもらう必要がある。よって、全く事情を知らない人がわかるよう、周辺の情報を付加する必要があります。

「A課長がさあ、残業しろって命令してさあ」

残業の命令なんてあまたあります。それだけで愚痴等にはならない(若年者ならなるだろうけど)。だとすれば、なぜA課長から残業を命じられたことが愚痴等になるのかを説明しなければならない。

「遠距離恋愛の彼女と1カ月ぶりのデートの予定だったのに、そのことを知らないA課長がさあ、残業しろって命令してきてさあ」

残業の内容も書かないと、読む人はわかってくれないかもしれません。

「遠距離恋愛の彼女と1カ月ぶりのデートの予定だったのに、そのことを知らないA課長がさあ、調査書を今日中に仕上げろ。じゃないと、明日の金融庁検査に間に合わないからってよ。そもそも俺は調査の担当じゃないのに、金曜日の夕方5時になって、いきなりそんなこと言うなよな。A課長はなんもわかってないんだよ」

半沢直樹みたくなってすいませんw

さあ、ここまで、ちょっとした愚痴等を書くために、長文の文章になってしまいました。一体私が何を言いたいか、というと、愚痴等を書くのには、相当なエネルギーが必要ということです。人物関係、愚痴等の内容の補足、なぜその話が愚痴等になるのか等など。考えすぎかもわからないですけど。

愚痴等専門のSNSも流行っているようですが、短文のみとかアイコン・スタンプのみの投稿に限られていたりするなど、個人の特定ができなかったり詳細を書くことができないようになっているなど、トラブルを生まない仕組みになってます。そりゃそうですよね。でも、それだけでは欲求不満の解消には程遠い。

私も、歳のせいか、職場・仕事、私生活での出来事などに対してモノを言いたい衝動にかられます。でも、Twitterやブログに書くとなると、上に書いたように、その事象だけを書いても何にもつまらない。詳しく書こうとすると、「面倒くさい」と感じてやめてしまいます。

エネルギーは必要だわ、いつか自分の身にふりかかってくるわで、何もいいことがない、ネットへの愚痴等の書き込み。

 

そんなわけで、愚痴等を吐き出したいときは、気のおけない友人とか、味方である同僚を誘って、ビールを飲みながら小さい声で吐き出すのが一番いいと思います。忘れちゃいけません、小さい声で。