「春の予感」を採譜するように ―― AMラジオがつないだ、実家への帰省路

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生成AIでブログが書ける時代だそうですが、私はあえて、このアナログな体験を書き残しておこうと思います。

この連休、実家に帰省しました。 きょうだい二人の道中。私がハンドルを握り、カーオーディオから流れるのは、いつものAMラジオです。 ノイズ混じりの放送を聴きながら、「やっぱりAMっていいな」と確信した二つの出合いがありました。

 

1.南沙織「春の予感」に、まさかの胸キュン

東京では桜の開花宣言。窓の外はすっかり春です。 そんな時、ふいに流れてきたのが南沙織さんの「春の予感」でした。 シンシアこと南沙織さん。私にとっては、現役バリバリのアイドル時代をかろうじて覚えている程度です。当時は「大好き」でも「嫌い」でもない、ただの有名な歌手の一人。 ところが、数十年経っておじさんになった今の耳で聴くと、これがたまらなく素敵だったんです。

 

 

「こんなにいい曲だったのか……」

運転しながら、自分でも驚くほど聴き入ってしまいました。翌日になっても頭の中でフレーズがリフレインして、なんだか胸のあたりがキュンとする。この歳になって、シンシアにやられるとは思いませんでした。

(ちょっとした勘違いもありました。歌詞の最後、カルピスのCMソングだと思い込んで調べたら、それは尾崎亜美さんの別の曲。記憶なんていい加減なものですが、そんな「余談」も含めて、ラジオの楽しさですよね。)

 

2.「光を採譜する」という、度肝を抜かれた感性

もう一つは、プレバトでおなじみの夏井いつき先生のラジオ番組。

夏井いつきの一句一遊

 

ラッパスイセンをお題にした、リスナーの投句が紹介されていました。

「ラッパスイセン 光を採譜するように」

……これには、やられました。 ラッパのような花が、太陽の光を音符にして書き写している。そんな光景がパッと浮かんだのと、採譜は光と結びつかないのに、この言葉を選ぶ感性。 字あまりとか破調とか、そんな細かい理屈はどうでもいい。この言葉選びのセンスに、ガツンと心をつかまれてしまいました。

ラッパスイセンが光(太陽)に向かって咲いている姿、言葉にならないのだけどうれしい、清々しい。

 

ラッパスイセン

 

※この句をつくられた方、ここに勝手にとりあげることをお赦しください

 

 

AMラジオっていいなあ

この二つの偶然は、どっちもAMラジオが運んできてくれたものです。 AIの勉強に必死になったり、効率よくブログを書こうとキーボードを叩いてばかりいたら、きっとこの「幸せな周波数」には出合えなかった。

AIで記事を書くのも「あり」かもしれないけれど。 でも、こういう理屈じゃない「人間くさい感動」だけは、ずっと忘れずにいたいものです。

 

 

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