なぜ卓球は、暗いスポーツと言われるようになったのか

2014年1月28日

卓球というスポーツに、皆さんはどんなイメージを抱かれるでしょうか。

 

きっと、様々でしょうね。

英訳する場合でもtable tennisと言うのかpingpongというのかで、大きなイメージの差がありますね。

競技の経験者か否かでも違うでしょうし、卓球と聞いて「福原愛ちゃん」か「温泉卓球」のどちらの映像が浮かんだか、でも違うでしょうし。

 

先日、息子と卓球で遊んでいて、経験者である私(中高の6年間、部活でやってました)にはいろいろと当時を思い出されることがあったので、皆さんにもご紹介してみようと、記事にしてみた次第です。

 

卓球
卓球のラケットとピン球

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ卓球は、ネクラなスポーツと言われるようになったのか

 

これには諸説あると思います。私の経験も踏まえ、ご紹介します。

 

 

 

白色のものを着てはいけなかった

 

今では、卓球のボール(ピン球とも言われてます)の色はオレンジのものもありますが、昔は白色しかありませんでした。

ボールの素早い動きに視線が邪魔されることがないよう、ユニフォームやシューズ、競技場(体育館等)の壁など、白い色のものが競技者の目にはいらないようにしなければなりませんでした。

 

 

競技場は黒いカーテンで覆われた

 

競技場の窓から差し込む日の光も、前項と同じ理由で邪魔になりました。また、窓を開けた場合にはいってくる風も、ボールの動きに影響が出るため、窓を閉め、黒い暗幕でできるだけ競技場を覆う必要がありました。

(あまたの球技の中で、最も軽いボールを使う競技です。)

 

 

 

猫背は是だった

 

猫背って、普通は否定される存在ですよね。でも、卓球をやるには理想的(とまでは言えなくても、悪な存在ではない)なスタイルなのです。

最近、テレビで放映される一流選手たちを観ると、必ずしもそうではないので、昔とは違うのかもしれないのですが、私がやってた頃(30数年前の、中学高校時代)はそうでした。

 

これらの特有の性質により、卓球という競技のイメージが暗いものに変わっていったのかなあ、と思います。

 

 

 

卓球のイメチェン

 

このような暗いイメージをまとった卓球でしたが、その後、いくつかのきっかけで卓球に対するイメージが変わっていきます。

とんねるずがテレビ番組で卓球を取り上げました。当時、この演出でずいぶんと卓球が盛り上がりました。(覚えている人、ご存知の人も少ないかもしれません。Wikipediaの「とんねるず」では卓球が触れられてませんでした。)

とんねるずは、卓球の普及に貢献したというので、日本卓球協会から2段(特別)が与えられています。

 

その他、ご存知、福原愛ちゃんというアイドルとも言える選手や、平野早矢香、石川佳純、水谷隼といった世界的な選手の登場もありましたし、四元奈生美というきらびやかなコスチュームを着用する選手も出たりして、卓球がどんどんメジャーになっていきました。

 

四元奈生美
四元奈生美選手

 

 

 

 

 

 

 

私の経験と知見の範囲ですので、ほんのちょっとの歴史ではありますが、それでも大きな変遷をとげた時間ではあります。

卓球というスポーツが少しでも身近に感じていただけたらなあ、と思います。

 

 

 

余談ですが

 

水谷、福原、石川といった世界的な選手が出てきて、「お、日本もなかなかやるじゃん」と思っておられる人も多いと思いますが、その昔、実は「卓球王国」と言われるほど、日本の選手が世界を席巻してました。

卓球で最も強い国といったら、多くの方が中国を想起されると思いますが、その中国に卓球を教えた、輸出したのは日本です。某国から反論が出そうですが。(追記→このような情報を裏付ける事実を探しましたら、見当たりませんでした。間違ってたらすいません)

 

卓球ニッポンの復活のために、この記事を捧げます。
(おおげさーw)