価値観なんて、相対的

2012年10月2日

「えっ、そうか?」
「んー、そうかもしれない」
「いや、違う」

 

最近、自分の価値観みたいなものに“ブレ”を感じることが多くなった。

 

どんなところでって? それは黙っておく。
だって、あいまいに書いておかないと、オレが誰かわかってしまう。
ブログって、突き詰めれば自分のことを書く場である。
わからないように書いたつもりでも、自分のことを書いている。
地震が発生した地点と時刻を元に震源地を求めるようなものだ。
あるいは、GPSからの電波をいくつも集めて、現在地を特定するカーナビのようなものだ。
こうやって、「人に知られないようにブログを書こう」としていること自体も個人情報になる。

開き直れば、価値観なんて人による。

Aさんがいいと思っても、Bさんは悪いと思うかもしれない。
オレはいいと思っても、あなたは違うと思うかもしれない。

いや、義務教育の算数・数学以外は、そういうことばかりだ。

オレは、今の“場”で生きているか。生きていない。
じゃあ、どうすればいいのか。

よく、「周囲、他人は変えられないが、自分は変えられる」と言われる。
確かにそうかもしれない。
でも、そうじゃないかもしれない。

自分の経験に照らし合わせれば、これまで何度も自分を変えようとしてきたが、変えられないところがどうしても残る。

それが自分だ。

変えようとして変わった自分なんて、自分じゃない。

 

そうやって残った自分と付き合っていくしかない。
今の“場”は、自分には少々居心地が悪い。
程度の差こそあれ、もう10年以上前からそうだ。いや、もっとだ。

これまで、悪い状況に陥って、自分を変えようと何度もしてきた。
平均があるとすれば、その1.5〜2倍くらいは、やってきた。
でも、変わらない部分が残る。
その自分と周りと合わせるしかない。

でも、今のままでは居心地が悪い。
今の自分は、人生の最後まで走れるレールに乗っていない。

さすれば、まずは自分らしさを失いそうな壁やハードルからは避ける。
より居心地のいい、価値観の満たされる場を追い求める。

ちなみに、オレの未来は、「家族たちと、明るく楽しく、元気な毎日を送る」だ。